す!
2008年04月27日
やがて、いのちに変わるもの。
ミツカンです。
たまには社会見学風におっきな会社の工場も見たい。
町の職人さんの仕事との比較もできる。
食べ物を作ってる所に行きたい。 etc...
ということで、今回はミツカンの工場見学に参加しました。

ミツカンといえば酢。さらにポン酢やにおいの少ない納豆をヒットさせたことでも有名な全国区食品メーカーです。
JR半田駅、または名鉄知多半田駅から歩いて少しの所に、ミツカングループ本社があります。
その先には第一工場と隣接した、日本唯一のお酢の総合博物館「酢の里」。お酢づくりの歴史やお酢のお役立ち情報を知ることができます。
3月25日は少し汗ばむくらいの陽気。
駅から気分よく歩を進めると、見えてきました。運河沿いの、黒くて渋い建物です。
菅生祭り(予告)
2006年07月04日

8月4日(金)に菅生祭りの日に、神明宮山車保存会としてものけんメンバーも山車曳きに参加します。
今回は人を集めるため学校掲示のポスターを紹介。
メインの写真は青井先生の撮ったベストショットです☆
追記・謝罪
このたび、ものづくり研究会が「菅生神社の祭礼山車曳き」参加と誤解をうけかねる文章になってしまったことを深くお詫びいたします。正しくは岡崎観光夏祭りのイベントのひとつ「神明宮山車保存会」で参加となります。ご指摘をいただき、訂正いたしました。 7月22日 五十棲 千尋
神明宮大祭写真。
2006年06月17日

以前の神明宮大祭に行った際の写真が出来上がり本日受け取りに行きました。
撮影してくださったのは、お世話になった能見町にあるヤマト堂写真店のご主人さん。
前列に並んでお着物を来ているのが、踊り子さん達。
後列で法被を着ているのがものけんメンバーです。
メンバーの両側にいらっしゃる方は、お世話になった能見北ノ切の町役さん達です。
すごく良い記念。山車の前でパチリ★どうもありがとうございました。
淳さん、行ってらっしゃい!
2006年05月19日
ものけんの立ち上げメンバーのひとり、武田淳さん(現在、滋賀県立大学大学院)が、明日からパプア・ニューギニアに旅立ちます。人間環境大学在籍中、文化人類学ゼミに所属していた淳さんは同地でフィールドワークを行って卒論を書きました。今回は2007年1月までの予定。きっと今度は、もっともっとはじけてくれることでしょう。
ものけんOBとして、今も精神的な支柱である淳さん。
ものけん一同、心より応援しております。
ものけん 2005忘年会
2005年12月16日
2005.12.15 ものけんの2005年忘年会をしました(於:青井宅)。
今年は立ち上げメンバーの卒業、新規メンバーの仲間入り、万博ワークショップ、グリーンマップ・プロジェクトの完了、佐久島合宿会議、活動第二期のすべり出し・・・、というように怒濤の1年でした。取材先の皆様、ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。
そして、メンバーもよく頑張ったと思う。
なんだかよく分からんが、メンバーが荒巻鮭を一本持ってきた。どないすんねんコレ、というツッコミもできぬほどあきれて、しばし空いた口がふさがらなかったが、包丁でスライスしてみると生ハムみたいに食べられる。日本酒がうまい。奥さんの自慢の手料理も一段と冴えをみせ(と僕が書くのもおかしいが)、みんな大満足。朝まで飲んだ。
再出発のご挨拶
2005年11月26日
ものけんの活動が第2期に入りましたのでご挨拶申し上げます。
すでに11月17日の足助乾漆・高山兼男氏(足助)、11月24日の提灯屋・畔柳久太郎氏(岡崎)と、活動を展開中です。今後当面は、地元岡崎市を中心にまずは地域にこだわってみようと思います。自前HPの立ち上げ、地域諸誌への連載など、成果公開のあり方も検討中です。
このブログも、私だけでなく、各メンバーがそれぞれの名前で書き込むようにしました。
スパム覚悟でコメントも書けるようにしたので活用ください。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(あ)
今までのもの研、これからのもの研
2005年10月27日
折目美徳
もの研に参加する前は、「ものづくりの愛知県」と聞いても自動車産業のイメージしかなく、あまりしっくりきませんでした。
ものづくりという言葉には、なにか伝統的な手仕事というイメージがあったためです。しかし、実際に12市町を取材し、伝統的なものづくりもたくさんあることをはじめて知り、また、機械生産などの技術の発展があるからこそ、現代にも手仕事が生きているのだと実感しました。
今では、生まれ育った愛知県に以前より自信が持てますし愛着もよりいっそう深いものとなりました。
今後の活動では取材内容を様々な面(環境問題、地域間のつながり、歴史など)から研究し、鮮度の高いうちに発信していきたいです!!
石油資源を大量に消費している現代。このままの生活が続くことはあり得ないだろう。日本固有の自然環境から生まれ発達した伝統的な手技が、未来の環境問題対策に生かせる日が来るのではないか。いや、むしろ生かす方法を自分から求めていこう。そう思っています。
松澤浩平 「ものけん、ガンバロー!!」
最後の取材地であった幸田取材から早4ヶ月、HPの更新も終わり西三河GMの仕事が終了した。反省点は限りなくあるが、目的は達成したため、良としよう。
西三河GMに即して発足されたものづくり研究会であるが、仕事の終了と同時に新たな道を歩まなければならない。今回の佐久島合宿を機に再スタートをしたが、今後の活動として掲げる方向性は大きい。が、それを達成するために各人の研究に沿って切磋琢磨し、確実に活動計画を進めていけば必ず良い会になるだろう。勿論、西三河GM時代の経験や反省点を生かさなければ意味がない。
四年ということもあり卒論と併行した活動になるが、ものづくりに関わる民俗について調べていく。今後のもの研は三年生にバトンタッチした。三年生は個性派揃いのため、これからの活動が大変面白くなりそうな予感がする。
佐久島の海、夕日に向かって宣言したのだから、もの研は今後飛躍すること間違いない。
近藤『蓄積』
ものけんが立ち上がって約一年が経った。その中で、僕としてもものけんとしても様々なことを経験してきた。そして、この一年の間に僕らの中には知らず知らずの内に色んなものが蓄積されたと思もう。その経験値はおそらく自分たちが思っているより高いはずだ。
僕なんかは、ものけんに入る前までは外に出るのがめんどうな出不精であった。いつも部屋の中で本ばかり読んでた。そんな人間が、あちこちどこか知らないまちに行くのが好きになった。職人さんやまちの人に話を聞くのが楽しみになった。取材を通して僕の地元である西三河地域のことも少しは分かった気がするし、パソコンも全く使えなかったが今や人に教えられる身だ(えっへん)。そして、チームで何か一つのものを取材し、それをまとめていくというのがすごく楽しかった。
僕は今4年生で、大学にはもう残り少ししか居られない。だけど、ものけん一期生の当時4年生だった2人の先輩が残ったメンバーに色々なものを残していってくれたように、現在の4年生3人もものけんに何か残して卒業していきたいと思う。ものごとというのは、たぶんそうやって蓄積されていくのだ。
さうら 『まだ早い』
昨年の10月から丸一年、僕はもの研メンバーとして西三河地区のものづくりをみてきた。ほんのすこしずつではあるけれど、着実に僕の中に堆積し、わずかな広がりとわずかな深みを生んだ。それは、ものづくりという広大な世界を知るきっかけがもたらした、実体験に基づく職人さんの苦悩や、ここ数十年での急激な変化、昔の物流が生み出していったコミュニティーとその発展といった、それまでは経験することのなかった現実を仮想体験したことによる。わずかな経験だったが、僕の想像力を鍛えたと感じている。しかし、未だその経験を言葉で現すことはことは難しい。
僕は今、何をするべきか?あらゆるものが不足している。言葉で表現する力も、自分の得たものをまとめる技術も、伝えようという意志も弱い。つまるところ、何をしたって学ぶことができるということだ。
僕はこれをもってもの研を辞める。まだまだここで学べるモノはある。だけれども、ものづくりを対象に、本腰を入れて学部生を終わらす気はない。僕にはやりたいことがある。より優先させたいものに取り組んでいくことは、今の自分にとって最もすばらしいことだと確信する。
わずか一年の間もの研として活動できたことは良いものだったと感じているが、辞めるにあたって何らの後悔もない。ただ、僕はここで何も語り得ない。まだ早いのだろう。しかし、1年半後には卒業だ。それまでに何を語りうるのか、果たしてそれが可能なのかはわからないが、やれるだけのことをやる。
もの研のみなさんへ 僕はがんばります。
鈴木 『知りたい』
私は生まれも育ちも愛知県。今も愛知県内に住んでいる。しかし、私は自分が住んでいる地域のことを何か知っているのだろうか。何も知らないのではないだろうか。私は知らない。だから知りたい。この世界のことを、この地域のことを。
奥村『今想像すること、思うこと』
聞く知る話す、気づくもの。土地のもの、何かいただき、生活をなすモノつくられて。そこには思想もこめられて。またそこでは、交流の行き来もあり。 ものづくりと人間の営み。生活ができるとは、どういうことか。何のおかげか。またそこにある考え方は。そして、職人さんとは、そのそれぞれのモノたちをどこまでもみつめていくのだろうか。モノにこめられていると思われること。素材の価値を見いだすこと、手間のかけ方、また活かし方。私はモノとの付き合い方として、ひとつのモノに魅力を感じ続けること、したい。それにはモノの背景に、どのようなモノづくりがなされているかが関わりを持ってくるとも思う。
なんだか自分で把握できてないことを述べているようですが、まず今することは自分がしなくちゃいけない勉強から始めなければと思います。
加藤『mono熱』
学生のうちにできるだけ多くの「熱い人」に会っておきたい!と、もの研に加わってはや半年。三河地方の伝統的ものづくりを通して、職人さんや伝統を保存しようとする方たちにふれることができた。
自分の仕事に誇りをもち、へたな妥協はしない職人たちの頑ななまでの信念。彼らに息づく日本の心。彼らはものづくりだけでなく人間としての在り方そのものが素晴らしい。そしてその生き方に刺激を受けて、私もかっこいい人になりたいっ!と血が沸く。しかし取材活動によって自分の知識の浅さ、貧弱な語彙力、精神的弱さに気づかされた。
「日本らしさ」が薄らいでいく昨今、私はもの研を通して感じた「熱」を次の世代へと繋げていきたい。今の私たち、気づいた人たちができることは、次の世代へ日本の心を繋ぐことではないでしょうか。私は日本が素敵な国だと確信している。みんなにももっと日本を愛してほしい、そんな思いを込めて、今までよりも情熱的に、しかもそれでいて知的に、もの研活動に取り組んでいきます。
五十棲
いつか自分は就職するだろうけど、それはどんな形であれきっと最終的に人に何かを与えていたり、造っていたりするんだと思う(そういう風になっていたい)。で、もの研の中で分かりやすくそういう事をしている人達と出会って自分の中で何かしらの種にする。
梅本 『じっくり』
もの研メンバー、これから出会うたくさんの人や場所、者に対して。『じっくり』聞く・見つめる・感じる・問う・学ぶ・考えることを忘れずに行こう。
岡崎物流今昔について調べていきたい。
豊川進雄神社の大祭から
2005年07月20日
豊川市の豊川元町という、旧市街でも最も小さな町内に2年半前に仲間入りさせていただき、祭りを内側で経験するのは今年で2回目となった。少しずつ色々なことを教えてもらったり、今年は連区(氏子=22町内の全体)のお役もあって、去年よりずいぶん事情が分かってきた。
僕なりに発見もあったので、長くなるけれど書いておきたい。
(← 写真は「大筒」。人間が持つのが「手筒」だが、これは特別に大きく、台座に据えられる。青年の勇壮な手筒奉納が終わった後、祭りのクライマックスを飾る。縄ではなく竹の綱が巻かれている。)
記者発表のことなど。
2005年06月27日
昨日=6月26日(日)、大学でバレーボール大会がありました。基本的にはゼミ対抗だったのですが、ここはものけんとしてもエントリーせねば、ということで、「ものけんチーム」頑張りました。
結果は8位。まあ、全8チームですから最下位です、はい。
ところで今日=6月27日(月)、ものけんの(さしあたりの)取材活動完了、そして万博でのワークショップ開催についての記者発表が行われます。
取材終了というのは、西三河グリーンマップ事業の一環としての活動が完了したということで、具体的には西三河12市町を一巡したということです。取材成果のHP公表はまだ完了していませんので、html原稿の作成整理を急ぐ必要があります。
万博でのワークショップは7月6日(水)と12日(火)。鬼師(鬼瓦職人)に画像から立体化していただいたモリゾー・キッコロを原型として、おぼこ(土人形)を作成し、これに着色をしていただくというものです。
これまで財政的な面はもちろん、取材先の手配など、県、市町、岡崎商工会議所のみなさんにご協力をいただいてきました。関係の皆様、ありがとうございました。
今後は、ものけんとしてのより自由な活動を展開することで、ご恩に報いたいと思います。
素麺いただきました。モリゾー、キッコロと一緒に。
2005年05月28日
昨日、取材の際、たつみ麺店の神本さんに素麺やひやむぎをたくさん頂戴しました。
我々としては今年初の素麺。しかも半生は生まれて初めて。さらに松葉入り、備長炭入り、抹茶入り(西尾の抹茶!)とバリエーションも色々。美味かった。しあわせ。
花は咲く、だろう。
2005年04月05日
2005年4月5日(火)、ものけん+多士済々が集まって花見をしました。卒業したはずの人たちもなぜか出席。
場所は岡崎城の西を流れる伊賀川の川辺。すぐ向こうはかつて色町として栄えた板屋町。たまたま自称おかまのオッサンがギター漫談とやらで流していて、頼んでもいないのに笑わせてくれました。わずかですが、おひねりを。
桜はまだ二分咲き。ものけんもこれからです。
ものけん、今年もいきます。
2005年04月04日
ものけんの取材活動は、予定している12回のうち、3月初旬まででちょうど半分の6回を終えることができました。
今日からはじまる2005年度は、まずは後半戦6回をきちっとこなすことが最低限の目標。7月半ばを目途に、6回の取材を組んでいきたいと思います。
ちなみに、私たちは取材1回あたりインタヴューなどフィールドワークに2〜4日を使っています。その成果は、欠かさず担当者がレポートを作成し、メンバーで読み合わせを行い、ストックします。さらにウェブページの構成にあわせて項目を立て、分担して原稿を作成。これが私たちが決めただいたいのワークフローで、約3週間で1フローというペースでこなしています。メンバーは学生6人と私。そして私たちを支えてくださる荻野さん。
正直、なかなかキツイ仕事ですが、なにせ楽しいのですね、これが。ウェブページの作成そのものがやや手こずっておりまして公開はまだなのですが、原稿そのものはビシバシ生産しておりますので、準備できしだいお知らせいたします。
しかし、こうして楽しく仕事をこなしているうちに、確実に終わりは近づきます。もちろん、最初に目標設定はしました。しかし、私たちは何をしていて、何を生み出せるのか、もっと模索が必要です。私たちが議論したり考えたりしたことも、ここでメモしていくようにしたいと思います。今のところ漠然としているこのブログの使い方も、ちょっと考えます。
ところで、オリジナルメンバー6人のうち、2人がそれぞれの道へ進んでいきましたので、今年はまず2〜3人をスカウトして新たなスタートとなるでしょう。今年もいきますんで、みなさまよろしくお願いします。
学生フォーラムにて発表
2005年02月22日
岡崎大学懇話会等が主催する学生フォーラムで、ものけんが活動報告をしました。発表者は2年の佐浦重明。3・4年にサポートされつつも、しかし堂々たる発表でした。評判も上々。同じ日に発表したCHEPの伊藤・遠竹の二人もよかったです。お疲れ。
これで終わりと思うなよ。ものけん上半期総括会議 2005年2月18日
2005年02月18日
4年生メンバーの武田淳、前田由希野がまもなく卒業。今日は取材後に追い出し会を開きました。
なにしろものけんですから、宴が勢いあまって「ものけん上半期総括会議」となるのは必至。議題は、「上半期職人MVPは誰か」、「2005年新人ドラフトの方針」など。しかし、何より大事なのは、われわれの活動をどう位置づけていくのか、グリーンマップという枠を外した時どう成立しうるか、ということです。ものけんよ、言葉を身につけるのだ。
それにしても、荻野さん、いつもお世話になっております。
GM岡崎のフィールドワークに参加。
2004年07月24日
「グリーンマップinおかざき」のみなさんのフィールドワークに参加させていただきました。
和気藹々、喧々諤々、みなさん楽しんでいらっしゃいますね。
僕はちょっと勝手が違って(ノリが違って?)戸惑いましたが、こういう自発的な市民グループの活動(←なんかイヤな響きですね)にふれるのは初めてで勉強させてもらいました。
龍城温泉も入れましたし。

